こんにちは、ブロガーNです。
今回は、SF作家 グレッグ・イーガン の「順列都市」から、「機械の意識」というテーマを考えてみます。
もし「自分の意識がコンピュータの中で生きられる」としたら、どう思いますか?
ゲームの中のキャラクターのように、仮想世界で自由に生きられる未来・・実はSFの世界では、かなりリアルに議論されているテーマなんです。

機械の意識には、大きく分けて2つの考え方があります。
1つ目は、「人の意識をデジタル化する」方法。いわゆる“意識のアップロード”です。人間の脳をすべてスキャンして、その情報をコンピュータの中に再現する。脳は電気信号で動く巨大なネットワークなので、それを完全に再現できれば、「意識」も再現できるのではないか、と考えられています。もし実現すれば、肉体がなくなっても、仮想空間で生き続けることができるかもしれません。
2つ目は、「機械そのものが意識を持つ」方法です。たとえば 鉄腕アトム のように、AIが人間と同じように考え、感じる存在になるイメージです。人間の脳の仕組みを完全に理解し、それをプログラムで再現できれば、“人工意識”が生まれる可能性も否定できないとされています。
どちらも、今すぐ実現できる技術ではありません。でも、たとえば今から100年前の1927年に発行された科学雑誌では、100年後には紙媒体はなくなり、雑誌も「畜音畜影装置」を使って発行されていると予測していました。それが今では、インターネットの動画ニュースやデジタルマガジンなどですでに実現しています。そう考えると、100年後に「機械の意識」が実現していても、不思議ではありませんよね。
では、もし本当に人が機械の中で意識を持ったら、何が起きるのでしょうか?
SF『順列都市』では、46歳のデビッド・ホーソンが事故で瀕死になり、脳をスキャンされて「デジタルな意識」として蘇ります。彼はコンピュータの中の仮想世界で生活し、まるでゲームや映画の中のような日々を楽しんでいました。
ところがある日、突然その世界から追い出されてしまいます。
原因は、とても現実的なものでした。コンピュータの「計算する力(プロセッサの処理時間)」が、別の重要な用途・・気象をコントロールする巨大シミュレーション・・に使われてしまったのです。
つまり、彼の“存在そのもの”が、コンピュータの都合で止められてしまったのです。
これって、少し怖くありませんか?
でも実は、私たちも似た経験をしています。スマホでゲームをしているとき、急に動きが遅くなったり、止まったりしたことはありませんか?あれは、スマホの中で別の重要な処理が優先されているからです。
もし自分の意識がその中にあったとしたら……「動きが止まる=意識が止まる」ということになります。

ここから見えてくるのは、とても重要なポイントです。機械の意識は「ハードウェア」に依存しているということ。コンピュータが壊れたり、電源が落ちたりすれば、その意識も影響を受けてしまいます。
よく「デジタルになれば永遠に生きられる」と考えられがちですが、実際にはそう単純ではありません。むしろ、常に機械の状態に左右される、不安定な存在になる可能性もあるのです。
SFは、未来の夢を描くだけでなく、「その未来にどんな問題があるのか」も教えてくれます。
あなたなら、どちらを選びますか?
肉体を持って限られた時間を生きるか、それとも機械の中で不確かな永遠を生きるか。
そんな問いを考えながら読むと、『順列都市』は何倍も面白くなるはずです。
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